toriaudioの日記

オーディオ・ルームチューニング・SACD

雑談(ダイナも勇気がありますね。)

ダイナミックオーディオが創業60周年だそうで、良く生き残ったなという感じだ。

 

DYNAMIC AUDIO – 良い音楽を家で

 

上記のリンクを踏んでもらうと、期間限定の表紙だと思うが、ダイナのマークを囲うように各店舗の開店から閉店までの期間が線状の円周のグラフのように描かれた画像があると思う。

細かい文字で見難いが、同社の成長と衰退がわかるようになっている。

結構、勇気がいる構成にしたなあと思う。

1店舗から初めて、多くの支店を持ち、その後、60年を経て2店舗となった。

 

伝聞だが、創業者はパイオニアのセールス出身で、独立してダイナを創業したと聞いている。

アキュフェーズは扱えなかったから、輸入オーディオに精を出したとかいろんな言われ方をすることもあったが、両社とも創業者が消えたので取り扱うようになったのかもと考えると面白い。

輸入オーディオのプレミアム感というのは今の社会では西洋かぶれとかネガティブなイメージの方が強いが、ステレオサウンドとダイナミックオーディオは輸入オーディオのプレミアム感の構築に機能した部分は大きいと思う。

 

話を変える。この画像を見ると丸の内とある。そう、三菱地所の丸の内である。あんなところにオーディオ店があったのだ。

国際ビルだったか、新国際ビルなのか忘れたが、あの辺の1階だ。通りを挟んでケンウッドのショールームもあった。こんなのを知っているのは50代以上の世代でしょう。

元はパイオニアショールームで、同社出身の創業者のコネクションと思われる。

 

新宿店も山水のショールームだった。西口移転前のショールームだった。

三光町ショールームと西口のトントンクラブなどといっても、これも50代以上でないと覚えていない話なのでしょう。JBLの聖地だった三光町とCIをやって崩壊する山水を見守ったトントンクラブという感じでしょうか。厳密にいえばトントンクラブになる前から西口のショールームはありましたね。

西口の試聴室が加銅鉄平氏が一枚噛んでいるという話も聞いたことがあるが未確認。

 

同社の成長はナカミチとの蜜月とよく言われる。ナカミチの発展と同社の発展は歩みを共にしている感じは確かにある。ダイナでナカミチを買うというのは関東地区のユーザーではよくある風景だったと思う。秋葉原で1000番を最初に扱ったのはダイナだという説もある。

まあ、デッキのマーケット自体が消え、ナカミチの凋落とともにダイナとの縁は急速に疎遠となったようにも見える。商売ですからねぇ。

 

今では大したことのないと言ったら失礼だが、往年の繁栄に比べれば色あせた感じのあるパルコに出店していたのも特徴だ。

渋谷とか池袋がそうだったと記憶する。オーディオ店がそういうところに出店しても採算がとれた時代があったのだ。

今となっては歴史の彼方に消えたメーカーたちの多くも利益なき繁忙だったかもしれないが盛業中だった。

世間でオーディオの話題が減ってきたとはいえ、まだまだ普通の人がオーディオを語っていた時代である。

今では昭和の象徴みたいな扱われ方をするニュー新橋ビルにも出店していたと思う。

 

単にオーディオが売れなくなったのか、いろいろ理由があって自爆したという意見もあるようだが、同社は多くの店舗を閉め、規模を縮小する。

その後、秋葉原の重心が神田川寄りから末広町側へ移動する時代、そしてマスが期待できなくなったオーディオに対する回答なのかご存じ5555を開店させた。

多店舗展開と縁を切り、好き嫌いはあるもののキャラクターをしっかり立たせた店舗を作ったのは面白い。

 

今は社長のようですが、当初の店長は語る店長で、自ら広告塔になるスタイルなのが特徴的だ。この辺りは逸品館の社長によく似たスタイルに思える。

 

比較されがちなユニオンはソフトショップであるディスクユニオンの地力があるからなのでしょうが、オーディオユニオンを現在も多店舗展開できているのとは対照的だ。

ダイナミックオーディオもソフト商売に色気を出したこともあったが、結局、尻すぼみとなった感じ。

 

オーディオの発展と衰退の象徴みたいな同社ではあるが、頑張ってくださいとしか言いようがない。一時はここで物を買っていたが、最近は本当にご無沙汰でよそで買っている。