toriaudioの日記

オーディオ・ルームチューニング・SACD

雑談(ジェネレーションギャップ)

ジェネレーションギャップというのはどこにでもあるが、昔のことを知っておくことは悪くない。

引用は控えるが、失われた30年の結果、誤った右傾化が問題点になることも多い。

歴史の無知からくることが多いようだ。

 

オーディオでも国産機種を持ち上げるような論調がみられる。最近SNSでもこの手の書き込みを見かけたのだが、多分若い人なんだろうなと思った。

なぜかというと、70年代から80年代の国産スピーカーの酷評を知らない印象があったのだ。

国産オーディオの発展は海外市場におけるデッキやプレーヤーのメカニズムを背負った機材、レシーバーなどの高評価から始まっている。そして、途上国のパターンとして高級機ではなく低価格機の高コスパという視点から評価が始まることが多い。

 

この程度のことはほかの工業製品でも同じでしょう。わが国の問題は民生工業製品が21世紀になっても高コスパ品からブランド品への転換に失敗したことが大きいでしょう。だから欧米にも、東アジアの国にも惨敗することになった。

オーディオでも数多くのメーカーが消え、または実質的な業態変換を余儀なくされた。

 

さて、スピーカーの話に戻る。かつての国産スピーカーの酷評は振動板の新素材の展開で先鞭をつけつつも細部のコントロールに苦戦し、音質面での評価が今一歩だったということだ。

ネットもなく、当時の海外誌の論評を見るしかないのだが、ネット上にアップされにくい資料はないものとされるのがネットの問題点でもある。

そこを踏まえておく必要がある。

 

当時の海外の状況は国内オーディオ誌が断片的に取り上げるものを見るくらいしかない人がほとんどだったのではないだろうか。だから、アメリカのハイエンド運動もだいぶ脚色された感じで伝わっているように見える。

あの時代、あれだけ多くのメーカーがうんざりするほど大量の製品を生み出していたのに、評価の高かった国産スピーカーがSX-3、NS-1000M、NS-10Mくらいしかなかったのがその証左である。ヤマハのNSモデルは業務用機の限定的な用途でしか評価されていないことにも注意したい。

わが国だと中古商売の連中が過度な持ち上げをしているように見える機種で、ネットでの持ち上げられ方は過去を知るものからすれば極めて異常だが、知らなければ飲み込まれてしまうのでしょう。

 

ただ、現在生き残っているメーカーはさすがにこれだけの荒波をくぐってきたので、相応に実力を持っているのは確かで国際的に再評価されているとは思うが、資本再編などで国際流通が改善されたり、人口の再生産に失敗し数十年単位での国内市場の復活はないことが確定している状況で再度国際市場のテコ入れを図った結果でもあるように思う。

古い人なら、国産高級機が必ずしも輸出されず、国内専用、もしくはそれに極めて近い状況だったことを知る人も多いだろう。そういうことも知らないとわからない。